大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和53年(行ツ)110号 判決

和歌山市黒田一二番地

上告人

株式会社 東洋精米機製作所

右代表者代表取締役

雑賀和男

右訴訟代理人弁護士

沢田脩

和歌山市湊通り北一丁目一番地

被上告人

和歌山税務署長 木村冨

右指定代理人

小林孝雄

右当事者間の大阪高等裁判所昭和五二年(行コ)第二〇号法人税確定申告期限延長請求事件について、同裁判所が昭和五三年六月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人沢田脩の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及び説示に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 環昌一 裁判官 横井大三 裁判官 寺田治郎)

上告代理人沢田脩の上告理由

一、1 上告人は、上告人の昭和四四年ないし四七年度分にかかる法人税法違反嫌疑により、昭和四七年八月三日大阪国税局によつて帳簿、書類等を押収されたため、上告人の昭和四七年度分の決算ができないことを理由に被上告人に対し同年度分法人税確定申告の申告期限延長申請をし、被上告人は昭和四八年五月二九日上告人の右申請を承認して申告期限を同年七月三一日と指定した。上告人は右同様の理由により被上告人に対し同月二日右同様の申請をし、被上告人は同月三〇日これを承認して申告期限を同年九月三〇日と指定した。更に、上告人は右同様の理由により被上告人に対し同月二五日右同様の申請をしたところ被上告人は同月二七日右申請を却下した。

2 そこで、上告人は右却下処分に対する異議申立を準備したが、右指定期限までに確定申告はもとより、異議申立をすることも到底不可能なので、上告人の経理担当者滝本敏彰が被上告人署員岡一郎にこれを相談したところ、同署員は決して不利益な取扱いはしないので概算でもよいから申告するよう教示したので、上告人は右教示に従い確定申告をする意思はないが取あえず昭和四八年一〇月一日被上告人に対し上告人の昭和四七年度分法人税について仮申告書と題する書面を提出した。右仮申告書は確定申告書の書式により記載されたが、これにはわざわざ「添付書」と題する書面が添付されている。

3 右「添付書」こそ、右仮申告書の法的性質換言すれば、それが確定申告として取扱われるべきものであるか否かについて最も重要なものであるから、原文のままここに引用する。

「本申告書(47・4・1~48・3・1)は一部省略或は概算の決算に基く申告書であります。

この件に関し過去三回にわたる申告期限延長申請に際し説明しことさら説明の必要はないかも知れませんが、念の為次記の事実を申し添えます。

当社が決算確定が出来ない理由は御署にも充分理解され前二回の申告期限延長の申請が認められたのであります。今回(48年9月25日付)の申請ではどういう訳か却下され、やむなく御署署員岡氏等の口頭による教示通り概算による申告となつたのであります。

本申告書に対しては、将来和歌山地方検察庁より決算に必要な物件が還付された後、修正申告もしくは更正の請求の必要性が起るべきものと予想されますが、これらについても提出期限が定められており当社が不利益を受けるのではないか等当社は危惧しています。

御署署員岡氏等の説明によると当該申請の却下に際し御署内で充分合議した事であるので事情は充分解つている。

従つて当該申告書を提出する事によつて当社が不利益を受ける様な行政処分はないからとの事です。

しかし、この事は、文書による解答でなく、法的根拠も弱いと思われるので、概算による本申告は不本意です。従つて、申告期限の延長申請の却下処分に対する異議申立を準備中でありますが、時間的な余裕もない事等を考慮し、一応本申告書提出に及んだ次第です。

尚、申告書及び添付書類についても不足書類がありますが、後で提出する予定です。

4 上告人は、昭和四八年一一月二七日被上告人に対し前記確定申告期限延長申請却下処分に対する異議申立をした。被上告人は昭和四九年三月一日右却下処分を取消し、上告人の昭和四七年度分法人税確定申告期限を昭和四九年五月三一日と指定した。

二、1 さて、右のとおり、右申告書は所定の確定申告用紙を用いて記載されたとはいえ、わざわざ「仮」申告書と明記していること、前記「添付書」で、三回の確定申告期限延長申請によつて被上告人に上告人の昭和四七年度分決算確定ができない理由を説明してきたこと、そこで今回の却下決定(48・9・27)に際し被上告人署員岡氏に相談したところ、決して不利益な処分はしない、概算でもよいから申告するようにとの教示されたこと、右教示により本申告書を提出するがそれは「不本意」であること、右却下決定に対して異議申立を準備中であること、右申告書は「一応」の提出であること等が明らかにされている。

2 右に指摘した諸点からして、上告人のした右仮申告書の提出をもつて、上告人が租税債務の具体的内容である税額を確定する意思にでたものとは到底考えることができないのは明らかというべきである。それならばこそ、被上告人も、右が確定申告でないことを前提として、前記一・4、のとおり昭和四九年三月一日上告人の異議申立を認容し、先にした延長申請却下処分を取消して新たに申告期限を指定したものである。その後同年六月二一日に至つて、被上告人が上告人に対して右仮申告書が確定申告なのか単なる参考資料なのかを問合せていることも、右が確定申告の意思ありとして取扱えなかつた事情を示すものといえよう。

三、上告人は、昭和四九年四月三〇日、上告人の昭和四七・四八年度分法人税確定申告について被上告人に対し前記押収を理由に申告期限の延長申請をしたところ、被上告人は昭和四九年五月三〇日右各申請を却下する旨の各処分をした。そこで、上告人は急遽税理士に依頼し、昭和四八年度分法人税について昭和四七年度分のそれと同様の趣旨で昭和四九年五月三一日確定申告書と題する書面を被上告人に提出した。もつとも、その際上告人の意思が担当税理士に通じていなかつたので、確定申告という文字を使用しているが、その趣旨は昭和四七年度分の前記仮申告書と同様であることを被上告人に表明するため、上告人は被上告人に対して昭和四九年六月七日右仮申告書中の添付書と同内容の添付書と題する書面を提出し、同日被上告人に対し右各処分に対する異議申立をもした。従つて、上告人は昭和四八年度分についても、決算確定ができないから確定申告ができないのでその申告期限の延長を求めてきたこと、申告書提出後直ちに昭和四七年度仮申告書中の添付書と同内容の添付書をわざわざ提出していること等から、右申告書の提出に際して確定申告の意思がなかつたことは昭和四七年度のそれと全く異ならない。

四、ところが、原判決は、上告人のした右昭和四七年度分の仮申告書および昭和四八年度分確定申告書の提出をもつていずれも適式な確定申告であると断じ、上告人の請求を認容した第一審判決を取消して上告人の請求を却下した。

しかし、原判決には上告人が右に述べた点を正確に理解していないのみか、理由不備、理由齟齬、経験法則違反が多く到底破棄を免れない。

1 原判決は、上告人が「右各申告書によつて、その時点での各年度分の税額を確定して還付金の還付を受ける意図を有していたものとみうる」旨述べている(原判決書一四枚目裏)。しかし、右各申告書の提出をもつて上告人が税額を確定する意思があつたとは到底認められないことは、先に詳述したとおりである。税額確定の意思を有しないものが、ましてや還付を受ける意図もなかつたことは明らかで、それならばこそ、前記のとおり、上告人は右各申告書提出に際し、添付書により、申告そのものについて期限延長請求却下決定に対する異議を準備してその申立をする意図があることを明らかにしているのである。

殊に昭和四八年度分の還付通知を受けて、上告人は直ちにこれに対して異議申立をしたところ、大阪国税局長は、「国税還付金の支払、若しくはその手段としての銀行口座への振込行為は、いずれも行政処分ではなく、不服申立ての対象とはならない。」として右異議申立を却下しているのである。(甲第一七号証の一、二、三)。

続いて、原判決は「さらに、将来、決算資料の押収が解かれるなどすることによつて決算の誤りが判明したときは、右各申告書を基礎としつつ修正申告や更正の請求等所定の手続をとることを意図していた」旨認定している(一五枚目表)。しかし前記添付書でも明らかなとおり現在決算確定が、できない以上、将来修正申告や更正請求の必要が生じると予想されるが、これについても提出期限の定めがあるので不利益を受ける故申告期限延長の必要がある旨の説明をしているのであつて、右のごとき原審の認定は恣意的であつて、証拠を無視したものというべく、理由齟齬、経験法則、違背の違法がある。  2 原判決は、上告人は「各申告書の提出とともに、申告期限延長申請却下決定に対して異議申立をしており、そのことは被上告人も知つていたと主張する。」としている。しかし、上告人は右のように各申告書の提出ととも異議申立をしたとの主張はしていない。上告人は、申告書提出とともに、前記の添付書のとおり、申告期限延長申請却下処分に対する異議申立を準備中であるが、時間的余裕もないので一応本申告書を提出するもので、そのことは被上告人も十分承知していた旨主張しているのである。

続いて、原判決は「昭和四七年度分についてみると、上告人が申告書を提出したのが、昭和四八年一〇月一日であるのに、異議申立をしたのは同年一一月二七日であるから、申告書の提出が異議申立と矛盾するというのはあたらない」という(一六枚目裏)。しかし、何ゆえ「申告書の提出と異議申立と矛盾するというのはあたらない」といえるのか、全く理解できない。殊に、上告人は右申告書の提出に際しては、予め異議申立をすることをわざわざ表明しているのであつて、そのうえで異議申立をしているのである。従つて、右申告書をもつて確定申告なりとするならば、異議申立と矛盾することは明らかで、この点においても原判決には理由不備の違法がある。

3 更に、原判決は「申告期限延長申請却下決定に対して異議申立をしても、これに対する異議決定があるまでに申告期限が到来する場合においては、無申告による不利益を免れるために(異議申立が却下されるかも知れない事態に備えて)とりあえず確定申告をすることもありうることであるから、申告書提出の際に異議申立の意向を有しこれを準備していたからといつて右申告が申告意思を欠くものと断ずることはできない。」という(一七枚目表)。しかし、原判決の論ずるところによつても、確定申告がされた以上は申告期限延長申請却下決定に対する異議は、前提を欠き当然却下されるべきであるというのであるから「とりあえず確定申告をすることもありうる」というがごときは到底ありえず、原判決の述べるところはこの点においても理由自体齟齬しているものといわなければならない。

4 更にまた、原判決は「昭和四七年度分の申告書を受理した後の昭和四九年三月一日に、被上告人が上告人の異議申立を容れて、先にした申告期限申請の却下決定を取消して新たに申告期限を指定したこと、また被上告人が昭和四九年六月二一日に至つて上告人に対し昭和四七年度分の「仮申告書」が確定申告書なのか単なる参考資料なのかを問い合わせたことが認められ、これらの事実によると被上告人は右申告書を確定申告として扱つていなかつたとみられるふしがある。」旨述べている(一八枚表)。しかし、被上告人は右申告書を確定申告書として扱つていなかつたとみられるふしがあるどころではなく、右の事実からして確定申告として扱つていなかつたことは明らかというべきである。

右は、経験法則上からしてもむしろ当然であつて、第一審判決もこの点を指摘して、次のように述べている。

「原告(上告人)が右各申告書を提出した際確定申告をする意思がなかつたことは右認定のとおりであるところ、原告の右意思は、右各添付書中に記載するところにより被告(被上告人)に充分表明されているものと認められ、よつて被告は、原告の右意思を充分に知つていたものであり、仮に知らなかつたとすれば、それは被告の過失によるものであるというべきである。けだし、確定申告ができないため、その申告期限延長申請却下処分に不服があつてこれに異議申立を準備しているものが,特段の理由もないのに確定申告をするようなことは通常では考えられないことであるのみならず、原告の昭和四七年度分法人税については、右仮申告書を原告が提出するに至つたのは、原告が原告の右年度分決算確定及び却下処分の異議申立が被告期日までにできないことを被告署員に相談し、その際の被告署員の教示によるものであること、及び被告は原告の右申告書提出後約五ケ月を経過したころ、右却下処分を取消し原告の異議申立を理由ありと認めてその期限を昭和四九年五月三一日と指定する処分をしていることに鑑みると、被告は原告の右年度分法人税について既に提出されていた前記仮申告書を確定申告書とはとり扱つていなかつたことは明らかである。なお、被告は、右仮申告書に基づく還付金を右仮申告書提出日である昭和四八年一〇月一日付で原告の未納国税に充当し、その旨を原告に通知したので、当初から右仮申告書を確定申告としてとり扱つてきた旨主張するが、仮に被告主張の右事実があつたとしても、被告が原告の意思を知らなかつたことにつき過失があることになりうるが、前記結論を左右するに足りるものとはいえない。」

右は、極めて明快で、何びとをも十分納得せしめるものと考えられるが、これと対比するときは原判決は論理そのものに矛盾があり、その認定も恣意的で経験法則に違背することが明らかである。

5 原判決は、また「被上告人が本件各処分に対する異議申立の審理段階においては既に申告済みであるとの認識、判断のもとに立つていた」旨認定している(一九枚目表)。ところが、他方「前記問合せの趣旨は上告人の本件各処分に対する異議申立を審理、判断するうえでの参考資料として、本人の意見を聴取したに過ぎない」旨認めているのである。しかし、原判決がいうように、被上告人が上告人の異議申立の段階で既に申告済みとの認識、判断に立つていたのであれば、異議申立を審理判断するうえで、申告書が確定申告書なのか単なる参考資料なのかとわざわざ問い合わせて本人の意見を聴取する必要もないわけで、この点においても、原判決の認定、判断は全く矛盾しており、理由齟齬が明らかである。

五、原判決には、以上のとおり、幾多の点にわたつて理由不備、理由齟齬、経験法則違背があるが、これは要するに、本件各申告書をもつて確定申告であるとの無理な認定を敢てしたことに因るものである。

そこで上告人は上告の趣旨のとおり判決を求める次第である。

以上

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